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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和28年(ネ)54号 判決

控訴人(原告) 三栄産業株式会社

被控訴人(被告) 鹿児島県知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人が昭和二十六年九月二十八日裁決第一四九八号を以て為した原判決添附別紙目録記載の農地買収計画に関する控訴人の訴願を棄却した裁決は之を取消す、訴訟費用は第一・二審共被控訴人の負担とする、との判決を求め被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方主張の事実関係並証拠の提出認否援用は当審に於て控訴代理人が本件係争地は市街宅地に最適の場所であるのに鹿児島地区農業委員会が自作農創設特別措置法第五条第五項に基き鹿児島県農業委員会の承認を得て其の使用目的の変更の指定をすることなく本件買収計画を樹立したのは違法であると附演した。(証拠省略)

理由

控訴会社の事業目的が薬品の製造販売及其の原料たる薬草の栽培にある事実、本件係争農地が元地元農民の所有田地であつたが、昭和十八年高千穂電機株式会社の飛行機製作拡張工場敷地として強制買収され、次で昭和二十年汎東亜重工業株式会社の所有に転じ更に昭和二十一年控訴会社が其の所有権を取得した事実及鹿児島市鹿児島地区農業委員会が昭和二十六年六月十八日右農地を自作農創設特別措置法第三条第五項第三号に所謂「法人その他の団体でその営む耕作の業務が適正でないものの所有する自作地」に該当するものと認めて買収計画を定め其の旨公告の上同月十九日から二十八日まで縦覧に供し控訴会社は之に不服で同月二十八日右地区農業委員会に異議を申立たが同年七月四日附決定で却下され、更に同年同月十三日被控訴人に訴願したけれども之れ亦同年九月二十八日附裁決で棄却され控訴会社が同年十月十七日頃該裁決書謄本の送付を受けた事実は当事者間に争のないところである。

仍て先づ本件買収計画樹立当時法人である控訴会社の本件農地の耕作の業務が適正でなかつたか否かの争点に付案ずるに成立に争のない乙第四号証ノ一乃至三、乙第五号証の一・二と原審証人森園栄吉、中島金次郎、末森浅吉、永仮市之助、新川盛吉、原園博、原審並当審証人永仮隆雄、水口米吉、当審証人永吉静悟、木元清徳の各証言を綜合し、尚原審並当審検証の結果を参酌して考ふるときは本件係争農地は元地元農民の所有であつたのを前段冒頭説示の如く戦時中強制的に高千穂電機株式会社の飛行機製作拡張工場敷地として買収されたものであつたので終戦後之が控訴会社の所有に帰するに及んで地元関係農民から之を買戻し度旨の熱烈な希望があつたので、鹿児島地区農業委員会は昭和二十二・三年以後の控訴会社の本件農地の管理状況を悉に視察し来りたるに元来本件農地は地味頗る良好なるに拘らず控訴会社は其の業務不振の為或る年は其の極少部分に水稲を植付け、或る年は落花生甘藷又はむらさきおもとみぶよもぎ等の薬草を植付けいたるも其の施肥栽培は極めて不適正なるのみならず其の大部分をば放置して荒廃せしめていたので鹿児島地区農地委員会としては昭和二十五年度に於て前示の買収計画を樹立せんとしたのであつたが、控訴会社の希望もあり更に一年を猶予し控訴会社の業態を視察したるに控訴会社の業務は益々不振の度を加へ、本件農地の施肥栽培の状況も依然旧態を逸脱しなかつた事実が認め得らるるので前段冒頭認定の如く前記農業委員会が本件農地を自作農創設特別措置法第三条第五項第三号該当と認め買収計画を樹立したのは当然であつたと謂うべく、右認定に牴触する原審証人木村不二夫、原審並当審証人梶原安行当審証人市橋清美、児玉安雄、青柳浩暉の各証言は容易に措信し難く其の他に右認定を覆すに足る確証は存在しない。

更に控訴会社は本件係争地は市街宅地に最適な場所であるのに鹿児島地区農業委員会が自作農創設特別措置法第五条第五項に基き鹿児島県農業委員会の承認を得て其の使用目的変更の指定をすることなく、本件買収計画を樹立したのは違法であると主張するから此の点に付案ずるに、前掲被控訴人に有利な証拠に徴すれば本件係争地は前示買収計画樹立当時は勿論現在に於ても現況は農地であつて今尚其の附近一帯の大部分は豊沃な農耕地であり、最近に至り極小部分が市営住宅となされているに過ぎず、四囲の環境上本件係争地は近き将来非農地化が必至と認めらるる程度に至らない農地と認むべきであるから前記農業委員会が前記法条に基く指定をしないで買収計画を樹立したとしても、之を以て裁量権の範囲を越ゆるものとして違法視すべきではない。叙上の認定は控訴会社援用の当裁判所の措信しない前示証言を外にしては之を覆すに足る確証は存在しない。

果して然らば前示鹿児島地区農業委員会が本件買収計画を樹立したのは適法であつて何等違憲の問題を生ずる余地はないから控訴会社の本訴請求を棄却した原判決は相当で本件控訴は理由がないから之を棄却し控訴費用の負担に付民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 甲斐寿雄 山下辰雄 二見虎雄)

原審判決の主文及び事実

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が昭和二十六年九月二十八日裁決第一四九八号をもつてなした別紙目録記載の農地の買収計画に関する原告の訴願を棄却した裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求める旨申し立て、その請求の原因として、別紙目録記載の農地はいずれも原告会社の自作地であるが、鹿児島市鹿児島地区農業委員会は昭和二十六年六月十八日これを自作農創設特別措置法第三条第五項第三号に該当する農地と認めて買収計画を定め、その旨公告のうえ同月十九日から二十八日まで縦覧に供した。原告はこれに不服で、同月二十八日右地区農業委員会に異議の申立をしたが、同年七月四日附決定で却下され、更に同月十三日被告に訴願をしたけれども、これまた同年九月二十八日附裁決で棄却され、原告は同年十月十七日頃裁決書謄本の送付を受けた。しかしながら右買収計画には次のような違法がある。

(一) 本件農地は原告の事業として、製造販売する医薬品・化学品の原料栽培の目的に供せられる土地で、従来原告において駆虫剤の原料たる薬草を栽培してきたが、昭和二十三年頃右事業不振のため本件農地の一部を放置するのやむなきに至り、右放置部分に原告会社の被用者が、甘藷、雑穀類を植えつけていたこともあつたが、このことは原告が事業景況の好転を近き将来に見越して薬草栽培を中止したことによる一時的現象であつて、原告の事業として甘藷、雑穀類の作柄を耕作しているわけではなく、昭和二十五年度に至り原告が本件農地全般に薬草栽培を拡げ、栽培の結果良好な成績を収めたことに徴しても、本件農地は原告の事業目的のために適正に耕作されていることが明白である。

しかるに本件農地買収計画は、右の一時的放置現象を捉え、あたかも原告の事業が甘藷、雑穀類を耕作するにあるかの如くみなして、その耕作の業務が適正でないと認定するにあるが、これは原告の事業として薬草を栽培するという作柄の特殊性を無視した錯誤によるもので違法である。

(二) 原告の事業目的にして、すでに述べたとおりであるから、本件農地は右事業目的のために必須不可欠の要素をなしているこというまでもない。本件農地につき右事情を顧慮することなくして買収計画を樹立することは、原告の主たる業務の運営に欠くことのできない要素を奪いあげてしまつて、ひつきよう原告会社をして解散させること必定であり、これでは、「すべて国民は個人として尊重される」となす憲法第十三条の規定の趣旨に悖ることゝなり、違法である。この点からしても、本件農地買収計画は違法である。

したがつて以上のような違法な買収計画を適法であるとして原告の訴願を棄却した前記裁決は違法であり取り消されるべきであるからこれが取消を求むるため本訴請求に及ぶと述べ、

被告の主張に対し、本件農地がもと地元農民の所有田地であり、昭和十八年高千穂電機株式会社の飛行機製作拡張工場敷地として強制買収され、ついで昭和二十年汎東亜重工業株式会社の所有に転じ、さらに昭和二十一年十月原告がその所有権を取得したこと、昭和二十三年頃から本件農地の一部が放置されていたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。もつとも右の一部放置は原告以外の者が原告の許諾なくして勝手に耕作していたことによるものであると述べた。

(立証省略)

被告代理人は、主文同旨の判決を求め、別紙目録記載の農地がいずれも原告会社の自作地であつたこと、原告会社の事業目的が薬品の製造販売およびその原料たる薬草の栽培にあること、本件農地につき原告主張の日その主張のようないわゆる認定買収計画が定められこれに対する異議訴願が原告主張のような経過を辿つたことは認める。本件農地はもともと地元農民の耕作田地であつたが、昭和十八年高千穂電機式株会社の飛行機製作拡張工場敷地として、ゆくゆくは地元農民に返還するという諒解づくで強制買収され、ついで昭和二十年汎東亜重工業株式会社の所有に移り、さらに昭和二十一年十月原告がその所有権を取得したが、原告は本件農地を荒廃のまゝ放置するというありさまであつたところ、本件農地の行末を案じる旧所有者地元農民において右強制買収時の特約に従い、昭和二十二年頃から本件農地の解放を要求して陳情運動を起したこともあり、こゝにおいて原告は本件農地に昭和二十三年には水稲を、昭和二十四年には落花生を、昭和二十五年には甘藷をそれぞれ散発的に一部耕作していたが、全般的には依然として荒廃状態で放置されて顧みられず、ことに原告会社工場の操業は昭和二十一年以来殆んど見るべきものなく、既設工場建物の規模の大なるに比し工場施設の機械類等は撤去搬出され、全く空屋同然のままであつた。そこで鹿児島市農地委員会は昭和二十五年五月二十九日本件農地につきこれを自作農創設特別措置法第三条第五項第三号該当農地と認めて買収計画中のところ、原告においてその事業目的たる薬草栽培に供すべきことを理由にして右買収計画樹立の猶予を申し出たこともあつて、しばらくこれを監視してきたが、昭和二十六年に至つても本件農地の荒廃状態につき改まるところがなかつたので、鹿児島市鹿児島地区農業委員会は右法条に基き、本件農地はその耕作の業務が適正でない原告の所有する自作地で、原告の主たる業務の運営に欠くことのできないものでないと認め、同年六月十八日本件農地につき前記買収計画を定めた。したがつて右認定買収計画は適法である。右買収計画につき原告の主張するところは、その異議の申立および訴願の段階におけると、本訴請求のそれにおけるとでは、論旨一貫を欠き、さきには本件土地は農地にあらずして原告会社の工場敷地であり、宅地であり、かつ原告は土地の耕作を業務とするものでないことをあげて、これを農地買収の対象にすべきでない所以を主張し、あとには本件土地がいずれも農地であることを認めたうえ、しかも当該法条の発動すべからざる旨を主張するというぐあいである。これではその争う真意を疑わしめるというのほかない。いずれにせよ、原告の本訴請求は失当であると述べた。(立証省略)

(昭和二八年一月二四日鹿児島地方裁判所判決)

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